「イズサミイズサミっ、これを見てくれよ!」

 待ち合わせ場所である丘の上に先に来ていたイズサミに突進しながら、カヤナは叫んだ。イズサミは短い草むらの上に座っていて、懐に飛び込んできたカヤナを咄嗟に受け止めると、わあっと悲鳴を上げて地面に倒れ込む。
 相手に覆いかぶさる形になってしまったが、カヤナはかまわず手に持っていた一枚の紙をイズサミの顔に押し付けた。

「すごいだろ? この前の模試! 百点満点中、九十二点だぞ!」

 普段ならこんな点数を取ることはできないのに、今回は冴えていた!と興奮しながら説明する。

「予習していたところが全部出たんだ! 運が良かった、これであの鬼教師にも叱られなくて済む!」
「そ、そうなんだ、よかったねえ……」

 体重がかかってくるためか苦しそうに言い、イズサミはのろのろと身を起こした。カヤナもそのとき初めて彼の負担になっていることに気が付き、すまないと謝りながら身を除ける。それでもなお喜びが収まらず、草を払っているイズサミに答案用紙を無理矢理握らせると、彼は赤い印で採点された紙を眺めて「確かにすごいね」と感心したように言った。

「偉いよ、カヤナ。頑張ったんだね」
「ふふっ」

 イズサミに褒められるのはセツマに褒められるのと同じくらい嬉しい。笑みがこぼれるのを自覚しつつ、カヤナはイズサミに訊いた。

「お前はどうだった?」
「ボク? ボクは受けてないから」

 同じ屋敷に奉仕している身であるし、てっきり同じ勉強会の模試を受けていたと思い込んでいたカヤナは唖然とした。
 イズサミは肩を竦め、

「ボク、その日は風邪で欠席してたの。だから今度追試で受けるんだ」

 なんということはない口調で言う。イズサミが体調を崩していたことなど知らなかったカヤナは眉間にしわを寄せ、そんなこと聞いていないぞと低い声で唸った。

「どうして……全然、気付かなかった」
「教室が違うから仕方ないよね」
「違う、どうして私に言ってくれなかったんだ」

 誰よりも仲良くしているイズサミが、そんな大切なことを話してくれなかったことが悔しくて悲しかった。イズサミは、うーん、と困ったように微笑んで、大事な試験の日にカヤナを心配させたくなかったのだと控えめに告げた。
 カヤナはイズサミから返された答案用紙を握りしめ、唇を閉じてうつむいた。何も知らず能天気に喜んでいた自分が腹立たしい。
 急に黙り込んだカヤナを心配したのか、イズサミが下から覗き込んでくる。

「カヤナ?」
「――言え」
「え?」

 カヤナは顔を上げ、イズサミを鋭い目で見据えた。

「言うんだ、そういう大事なことは!」

 自分でも驚くほどの声量だった。イズサミはかなり困惑したらしく、眉をハの字にして瞬きを繰り返す。

「だって……そんな大した風邪でもなかったし」
「大したことがなくても私に言うんだ!」
「言ったらカヤナに心配かけるでしょ」
「心配かければいいだろっ」

 いくらでも!
 強気に言い返し、イズサミの胸元に顔をうずめる。カヤナ?と驚いた様子で名を呼ばれたが、すぐには返事はしない。
 顔を上げないままイズサミの腰におずおずと腕を回し、くぐもった声で呟いた。

「……お前とはこうして話していたいからな。長生きしてくれなければ困るんだ」

 自分の言葉に相手が息をひそめるのが分かる。微動だにせずにいたが、イズサミが緩く抱き返してきたのを合図に、首元にそっと顔を寄せた。
 男の静かな声が耳に届く。

「うん。ごめんねカヤナ。次からはちゃんと言うね」

 まだ怒っているんだぞと伝えるつもりで無反応でいたが、観念して小さく頷いた。するとイズサミの手のひらがゆっくりと背中を撫でてきて、カヤナはどうしようもなく胸が切なくなる感じを覚えて瞼を閉じた。